コーチングを学んで変わった、わたしの働き方

がむしゃらに長時間働いて、身体を壊すわけにはいかない。家族を大切にしながら働き続けたい…

 

私がコーチングを学びたいと思った理由の1つは、「子どもがいる環境の中で、以前の自分と同じ働き方をしたくない」という思いからでした。

 

実際、コーチング(コミュニケーション)を学んでから、わたしの働き方も大きく変わり、前向きな気持ちで働き続けられる土台が自然と築かれてきた気がします。

 

でも、実は、それでもずっと「モヤっと」感が消えないことがありました…

 

今日は、その「モヤっと」感から一歩進めたような、そんな気持ちになったできごとがあり。やっと過去の自分を受け入れられた、そんな節目として。コーチングを学んでからの私の変化を、あらためて書き留めておこうと思います。

 

仕事で心と身体のバランスを崩してしまった過去のわたし


社会人2年目、私は心と身体のバランスを崩してしまい、退職した経験があります。

 

でも、決して、職場の環境がが悪かったわけではありませんでした。

 

冒頭にあげた長時間働くことに関しても、できる先輩は早く帰っても成果を出していたし、「そんなに遅くまで働くものじゃない」「働き方を変えた方がいい」って、何人もの人に言われてた。

 

社長や先輩や同期仲間と、話をする機会もたくさんあって、風通しもよかった職場だった。

 

それでも、なぜ、あんなにも自分を苦しめ続けてしまったのか・・・それはきっと、私自身の「考え方」なんじゃないか。


この状態から抜け出すために一番大切なことは、職場を変えることでも、家庭の中の工夫をすることではなくて。自分自身の中身を見直さなきゃいけない気がする。

 

実は、当時から、このこともなんとなく感じていました・・・

 

受けとれなかったメッセージ

うまくいかないことがあっても、前に進み続けられる自分になるために。わたしに必要なことは、自分自身を見直し、考え方を修正していく必要があるかもしれない・・・

 

このように感じるようになったのは、社長や先輩から言われる言葉を、自分が理解できていないと感じることを、たびたび感じていたからでした。

 

 

社長も先輩も同期も、私のことを想って、アドバイスしたりフィードバックしてくれてる。それは私自身もわかっていた。

 

でも、私は、辞書的な言葉の意味は分かるんだけど、社長や先輩がどんな考えをもって「その言葉」を言っているのか、伝えたい芯が、自分には理解できていないような気持ちになることがよくありました。

 

「分かるか?」といわれると、日本語としては分かるんだけど。「相手の思い、伝えたいことが分かったか?」といわれるとYESとは言えない。話してくれる相手の頭の中と、私の理解に溝があるように感じていました。

 

でも、日本語としてはわかるから、「分からない」とは言えなくて。今日も理解できないままだった・・・ってモヤモヤが残ったままになる。

 

大切だと感じるやりとりほど、そんな感覚でした。

 


でも、ずっと、この『理解できていないと感じていた言葉』をいつか理解できるようになりたい!きっとこれを理解できるようになった時、きっと私は変われるはず!と思う自分もいて。

 

心も身体もボロボロだったけど。ずっとずっと、心の片隅に置きながら、ある意味、自分への希望として持ち続けてました。

 

 

そして、トラストコーチングと出会ったとき。この何年ものモヤモヤを紐解いてくれるような気がして、学ぶこと、学び続けることを選んだんです。

 

コーチングを学んで2年~何が変化したのか


あの選択からもうすぐ2年。

 

それまでは、全速力で振り乱しながら走って、壁にぶつかって、粉々になる働き方をしていた私だけど。

 

自分自身とのコミュニケーション、目の前の相手とのコミュニケーションに、丁寧に向き合う習慣がついてくることで、

 

時に立ち止まり周囲を見てみたり、独りじゃなくもう一人の自分と対話しながら進めるようになり。

チーム全体の中での自分の立ち位置や役割を考えられるようになり。

「ひとりではできない」ということ、「チームだからこそより楽しくより早く達成できる」ということを体感しながら仕事をするようになりました。

 

そしていつのまにか、働き方が自然と変わってきて、周りの人のことを大切にしながら、振り乱して走っていた頃以上のスピードで進めるようになっていました。

 

 

そういえば、いつの間にか、「壁にぶつかる」という感覚が自然となくなってきた気もします。(ピンチはいっぱいあるけど。笑)

 

 

社長や先輩の言っていた言葉の意味が「わかった」のかというと…正直それは今でもわかりません。でも、

 

「こういう捉え方もできるかもしれない」

「もしかしてあの人は、こう感じていたのかも」

 

と、いろんな可能性を想像するようになった。それが、大きな変化でもあり、周りや自分を受け入れられるようになった、土台になっている気がします。

 

 
そして、そのことで。いつの間にか、社長や先輩や会社のことが、前よりもっと暖かい場所に感じられるようになっていた。

 

 

相手は何も変わってないけれど、こちらの捉え方が変わるだけで、同じ出来事もこんなにも感じ方が変わって、その人たちを想う自分にも変化が生まれるんだと、しみじみ感じています。
 
 

さいごに

…さて、突然こんな記事を書いた今日、いったい何があったかというと。

 

実は以前は心臓がバクバクして目を向けられなかった、前職の仲間が写ってる写真を、今日は自然に見ることができたんです。

 

なぜ心臓がバクバクしていたかというと・・・

 

理由はいろいろあると思うけど、きっと、「当時の私」を、今の私が受け入れられなかったから、というのが大きくあった気がするんです。

 

当時の私を思い出したくない、直視したくない、自分だと認めたくない・・・ 

 

それが、やっと、やっと、当時の自分を客観的にみられるようになって、「それも自分だよね」って受け入れられる心をもてるようになった。

 

長くかかったけど、だからこそ、やっとここまで来れたんだなって思って。とても嬉しかった・・・

 

そして本当にさいごに。退職しても、繋がり続けてくれたKさん。きっと私が今日こうして気がつけたのは、あなたのおかげだと思うんだ。どうもありがとう!

 

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